「彼がいなければいまのグーグルはない」天才経営者たちを支えた「名コーチ」がやったこと | 文春オンライン

 
アップルの「iPhone」とグーグルの「アンドロイド」の戦いが激しさを増していた頃。スティーブ・ジョブズはビル・キャンベルに執拗に迫った。グーグル経営陣にかかわるのをやめて、アップルの取締役に専念してほしい、と。キャンベルはやさしくこたえた。「私に選ばせないでくれ。君の喜ぶような結果にはならないから」。結局折れたのはジョブズのほうだ。
キャンベルはシリコンバレーで最も有名な黒子だった。ジョブズのほか、グーグル創業者のラリー・ペイジとサーゲイ・ブリンなどの起業家、さらには元アメリカ副大統領のアル・ゴアをコーチとして支えた。しかし取材嫌いで、キャンベル自身をとりあげた資料はほとんどなかった。
本書の著者らにとって、キャンベルは恩人だ。エリック・シュミットがグーグルCEOに就任した当初、二〇歳近く歳の離れた二人の創業者との関係はぎくしゃくしていた。両者をとりなしたのがキャンベルだ。「彼がいなければいまのグーグルはない」というシュミットの言葉は真実だろう。
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本書は二〇一六年に亡くなったキャンベルへの追悼文にとどまらない。彼を師と仰ぐ八〇人以上にインタビューを重ね、一癖も二癖もある型破りの天才たちを心酔させたエグゼクティブコーチの哲学と手法を丹念に描いている。
キャンベルが「コーチ」の愛称で呼ばれるのは、母校コロンビア大学などで長らくアメフトのコーチを務めたからだ。ビジネスマンに転身したのは三九歳と遅かったが、たちまち頭角を現し、コダックやアップルで幹部を歴任。会計サービス大手イントゥイットではCEOを六年近く務めるなど、経営者として確固たる実績を残している。
アメフトコーチの経験が、キャンベルの土台となっていたのはまちがいない。チームを何よりも重視し、個人プレーに走りがちな天才たちに仲間の話を聞くことを教えた。肩書でマネージャーにはなれても、リーダーにはなれないと説き、部下に関心と思いやりを持つことを教えた。「時間を取ってバラの香りをかぐんだ。バラとは従業員だ」と。
GAFAをはじめシリコンバレー企業成功のカギは、世界中から優秀な人材をかき集め、その創造力を解き放ったことだとされてきた。だが著者らはキャンベルの教えを振り返るなかで、そうした議論にはチームという重要な視点が欠けていることに気づいた。最高の成果を達成するのは個人ではなく、心理的安全性を備えたチームである。孤独な経営者たちを鼓舞しながら、そんなチームの作り方を示したのがキャンベルだった。
本書に序文を寄せた経営学者のアダム・グラントは、キャンベルが実践した人材管理やチームコーチングの原則は、最先端の研究のはるかに先を行くものだったと指摘する。日本のビジネスマンにとっても学ぶところの多い一冊だろう。
Eric Schmidt/1955年生まれ。長年グーグル会長兼CEOなどを務め、現在グーグルのテクニカルアドバイザーを務める。本書はジョナサン・ローゼンバーグ(元グーグル副社長)、アラン・イーグル(グーグルの各部門責任者を歴任)との共同執筆。
ひじかたなみ/日経新聞記者を経て、翻訳家に。主な訳書にオーレッタ『グーグル秘録』、シュミットら『How Google Works』など。
山形県月山の麓にある黒川村で五百年以上、村民により行われて来た王祇祭という祭を現地へ乗り込み、そこへしばらく住み、村民と知り合い、語り、飲み、飯を食い、観て、記録したこの本には、旧暦の正月である二月に行われる祭のことが、そこで奉納される能のことが、事細かに事細かに書かれてある。人間は自然と人間(もちろん人間も自然の一部だ)との間でだけ生きるにはあまりにも過酷で、過酷だ、過酷でしょ? だから年に一度か二度、何年かに一度でもいい、人間を超えるもの、人間ではないもの、人間よりずっと尊いとされるもの、そうしたいもの、それは神と呼ばれたりする、そのような存在、そうしたものがある、いる、と思える瞬間を必要とするのじゃないか、とあらためて思い知らされる。そのためにならどんな苦労だっていとわない、その日があるから過酷な日々を過ごせる、労働と労働のわずかしかない合間に、習得の難儀な技術を身に入れて、それが本職でもないのに真剣に、楽しくない、つらい、揉めもおそらくする、出て行った人もいる、しかしそれこそが、楽しい、だと教わり、知り、そしてようやくやって来たその日、祭の日、面をつけて、舞う。
黒川という土地に続く、続いて来た、父さん母さん爺さん婆さん、そのずっと前から続くその仕組み、おそらくそれは、わたしたちが多くの場面で面倒くさいと捨てて来たもの、つまんねえと投げ出して来てしまったもの、古いと燃やしてしまったもの。それらが、それらこそが、わたし、をときに救うのだと知るのは、その外へ飛び出してしまったとき、そのようなもののない土地に、ない時間に、人間としてあらわれてしまったとき、あらわれてしまったと知るとき、こうしたものを読んだとき、そうとは知らずに流してしまった、燃やしてしまった、わたしたちは何も知らないのに、知らないくせに。
わたしは能を知らない、わたしの生まれた国には古来から伝わる演劇がある、能がある、だなんてとても言えない、あるらしいとしか言えない、だいたい見てもわからない、浄瑠璃や歌舞伎ですらわからない、ましてや能などわからない、能など誰にもわからないのかもしれない、わからないからする、わからないがする、しかしそうすることで誘発される何かがどうやらわたしたちには内蔵されていて、そして恐るべきことにそれは人間によって内蔵された、だから人間は、そういうものがあるとどこかで知った人間は、人間だけが、念入りに念入りに準備をして(そのおそるべき平等、仕掛け、仕組み!)、犠牲を払い、何年何十年何百年と続けて来た。
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そのようなものが身近にあった場所へ人間としてあらわれた事を、呪いと誤解すらするであろう掟を、わたしは非常に羨ましく思う。
ふなびきゆみ/東京都生まれ。1962年東京大学文学部社会学科卒業。平凡社に入社し「太陽」編集に携わる。86年より集英社で『ユリシーズ』『完訳ファーブル昆虫記』などを担当。退職後の2010年、母親の生涯を描いた『一〇〇年前の女の子』を上梓。
やましたすみと/1966年兵庫県生まれ。劇団FICTION主宰。「しんせかい」で芥川賞。都内でたまに演劇ワークショップ「ラボ」開催。
新型コロナウイルスが猛威を振るう中国で、電気自動車メーカー「BYD」や、iPhone量産を請け負う「富士康(フォックスコン中国)」らがマスク量産を行うと発表し、動いた。人が動けない危機的な状況において、業界外の中華企業が驚きの一手を出した。驚きの一手を出す中国企業の行動には法則性があり、そのトップの根本には同じような起業家精神がある。中国語版の原著は2015年に出版されてはいるが、本書刊行後のBYDや富士康のこの動きもまた、本書で繰り返し説明される法則に当てはまっている。
中国を長くウォッチすればするほどに、中国のルールやパターン、あるいは中国人の行動原理が見えてくる。1956年生まれで中国国内外のコンサルティングを手掛け続けるツェ氏は、そのキャリアに比例して中国人起業家たちの行動原理を理解し、言語化している。私も長く中国の一側面を紹介してきたつもりだが、年月に比例した経験から出る言葉の説得力にはかなわない。今でこそ中国は経済大国であり、有力企業が多数あることで知られている。しかしこれまで西側から随分と中国について過小評価されて悔しい思いをしたのではないか、そんなツェ氏の悔しさも感じ取れた。
実例としてネット企業や起業家が多数登場する。「アリババ」の元会長「馬雲」氏や、「シャオミ」の「雷軍」氏はその中のほんの一例だ。雷軍氏の名前は知っていても、アマゾン中国にECサイトを売却した話や、中国で最も重要なサービスのひとつである「美団」をつくった王興氏が、フェイスブックやツイッターの模倣サービスをリリースしていた話など、自称中国通でも知らないのではなかろうか。中国通の中国インターネット史、中国経済史の知識の補完にも役に立つだろう。
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執筆当初は輝いていたトップ企業の幾つかは、現在はどん底に落ちている。それほどまでに中国市場は過酷で残酷だ。予測不可能な企業間の競争、あるいは突発的で時に理不尽な政策を受けても生き残るように、常に変化しつづけることが望まれている。過酷ではあるが、民間企業が徐々に、そして確実に中国社会を変えている。それが起業家のモチベーションとなり、別業界のマスク生産への参入につながったのだろう。
すっと読めて違和感を感じないのは、日本語の訳が優れているだけではない。私がさんざん周りの中国の友人から聞かされた、企業マインドや垣間見る中国(人)のプライドが詰まっているのだ。体制の違いによる常識のズレが生む違和感は、本書でも再現されている。違和感はあって当然の上で、首をかしげながらも何回も読むことを推奨する。中国企業を理解するということはすなわち、中国人起業家を理解し、ひいては中国政治体制下の14億人の中で生き抜く中国人を理解することなのだ。
Edward Tse/中国系戦略コンサルティング企業創業者兼CEO。長年中国のビジネスに携わってきた。「ハーバード・ビジネスレビュー」などへの寄稿も。他の邦訳書に『中国市場戦略』がある。
やまやたけし/1976年生まれ。ジャーナリスト。著書に『中国のインターネット史』、『中国S級B級論』(共著)などがある。
会ったことはないのに、よく知っている大好きな誰かの伝記を読むようだった。
ロサンゼルスで生まれて、生真面目な、思慮深い、時には風変わりな、たくさんの「本を読むことの伝道者」たちの情熱で育てられた。
建築家バートラム・グッドヒューが瞑想してもらいたいと願った、装飾過多で優美な? 醜悪な? 物語の中へ入っていくようだと称賛されたおとぎの城のような建物。
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まわりの人たちに愛され、頼りにされ、自分をみつける大切な場所となり、それぞれの思い出の場所となり心に刻まれ老いていった。
そして、火災にあい死んでしまったロサンゼルス中央図書館。
110万冊の本が黒こげになり、水びたしになった。この世にもう戻ってこない本たちの無念さがたちのぼるようだ。
行ってみたかったと思う。物語の迷宮をさまよってみたかった。来館者がさまようことがないように、司書たちは訓練されているそうだが、さまよう楽しみだってある。
出火の原因を探しながら図書館の生い立ちをていねいにたどる。図書館にかかわった多彩な人たちの生きざまに、こんな人たちが現実に生きていたのか! と目をみはった。男性ではないという理由だけで館長の職から追い出されたメアリ・ジョーンズ。その後の館長となった奇人チャールズ・ラミス。物語性満載だ。
放火犯とみなされたハリー・ピークの一生にさえも作者の厳しい、でもどこか温かいまなざしを感じる。
この温かさは作者がこの物語で自分の母親との時間を記憶に遺そうとしたからだろう。
小さい頃、母親に手をひかれて通った。その図書館の思い出を共有できたのに、でも今、認知症を患う母親はその記憶を失いつつある。作者を本の世界に導いてくれた母親への温かな思いがこの本の底に流れている。
自分の力でなんとか抱えられるだけの本をよたよたと貸出カウンターへ運ぶ。その作者の子どもの頃の姿に、自分の子どもの頃や母親と図書館へ通うたくさんの子どもの姿が重なった。
その子たちの未来に図書館は存在するのかと思う。本という形がこの世から消えてしまう日が来るかもしれない。でも、物語の魔法がつまった図書館という場所は、誰にでも開放された平等な知識の城として残っていくのだろう。
この本は、本たちと司書たちと来館者たちの物語だった。図書館の個性はそこに集まる人間たちの個性だ。
私が子どもの頃通った図書館の司書は、ロサンゼルス中央図書館の司書に負けず劣らず個性的で怖かった。未だに初めての図書館でこっそり酢昆布をなめてみる。すぐさま司書が飛んでくるかどうか? ためしてしまうのはその名残だ。私も『気まぐれウーリーという小さなおもちゃの編み方の本』を探してもらいたい。
Susan Orlean/1955年オハイオ州クリーヴランド生まれ。ジャーナリスト。『ボストン・グローブ』紙などのスタッフ、コラムニストを経て、92年より『ニューヨーカー』誌のスタッフライターを務める。他の著書に『蘭に魅せられた男』など。
かしわばさちこ/1953年岩手県生まれ。児童文学作家。『霧のむこうのふしぎな町』『岬のマヨイガ』『湖の国』など著書多数。
アートオークションの世界は、日本人にとって最も馴染みのないものの一つに違いない。二十代から三十代にかけて私立博物館で働き、現在も大学の博物館学芸員課程に出入りしている私ですら、「あの作品、クリスティーズで売却が決まったって」「先日○○に入った作品、サザビーズ経由らしいね」という噂をうっすら聞く程度。セール会場に足を踏み入れた経験は皆無なのだから、オークションなぞまったく異世界の話と感じる方も多いかと思われる。
本書は世界二大オークションの一つ、クリスティーズの日本法人社長であり、長年、東洋美術部門の責任者として数多くの美術品に接してきた山口氏が、オークションを取り巻く世界について記した一冊。そもそもオークションとは? というイロハはもちろん、売買に携わる個性的な人々の横顔に真贋の見分け方、果てはアートと生活の関係性についても言及した興味深い書物である。
――と、その概略をこう記すと、「ふむ、これは美術の本なのだな」と思われる読者諸氏がおいでだろう。そんな方のために私はここで、声を大にして主張したい。この書物は確かに美術の世界を俎上に上げているが、描こうとしているのは「人間の新たな生き様」なのだ、と。
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山口氏は東京神田の三代目という江戸っ子。浮世絵研究者である父から厳しい美術史教育を受けた反発から、十代後半は西洋文化に傾倒。その後、大学ではフランス文学を専攻したものの、再度の転向を経て、日本美術の専門家となった異色の経歴の持ち主だ。
そんな彼が籍を置くクリスティーズは、「人間によってアートと定められた品」を「人間が売」り、「人間が買」う場。そのやりとりには自ずと関係者の生き様がにじみ出ることは、本書を開けばすぐに気づかれるだろう。なぜなら芸術とはそもそも、それを作品と考える者が現れて、初めて芸術たりえる。いうなればアートと人間は向き合った瞬間から不可分な存在となり、我々がアートを品定めしている時、我々もまた品定めを受けているからだ。
山口氏は日本という国の文化を如実に映じた日本美術品は、海外においてはそれ自身が「文化外交官」たりえると記している。美術作品がただの品物ではなく、文化・国家を語る代弁者の役割りすら負うとの事実を個人レベルに落とし込めば、アートを手にするとは恋人や伴侶を得る以上に、己自身を見つめ直す機会ともいえよう。そう、まさに芸術作品とは個々人の映し鏡。それとの出会いは、もう一つの人生を手に入れるようなものだ。
そう思って本書を再読すれば、アートとともに生きる人々のなんと溌剌たる喜びに満ちていることか。本書は一度歩み出したら二度と引き返せぬそんな魅力的な世界への、甘美なる手引書なのである。
やまぐちかつら/1963年、東京都生まれ。クリスティーズジャパン代表取締役社長。日本・東洋美術のスペシャリストとして、2008年の伝運慶の仏像のセールなど、多くの実績を残す。
さわだとうこ/1977年、京都府生まれ。小説家。2010年に『孤鷹の天』でデビュー。『若冲』『火定』『落花』など著書多数。
山口 桂
集英社
2020年1月17日 発売
本作所収の「病院にて」によれば、ナナ・クワメ・アジェイ=ブレニヤーは十二枚の舌を持つ神と契約を交わして物書きとなったようだ。ミシシッピ州の十字路でパパ・レグバと契約しブルースマンとなったロバート・ジョンソンよろしく。
一九九一年、ガーナ移民の両親のもと、ニューヨーク州オールバニーに生まれ、同地で育った彼のデビュー作たる本書は、それぞれにディストピアンな幻想譚や近未来もの、計十二編が詰まった短編集である。『地下鉄道』で知られるコルソン・ホワイトヘッドに推薦されたことからも想像できる通り、全体を貫くのは「黒いマジック・リアリズム」。かつ、デヴィッド・フォスター・ウォレスの『Infinite Jest』やニール・スティーヴンスンの『スノウ・クラッシュ』にも似て、やたらと詳細に書き込まれた近未来は、間違いなくディストピアンなのに、どこかユーモラスでもある。
主人公が自分のブラックネスを「四・〇に抑えた」「八・〇まで上昇」と自己測定する場面が頻出する「フィンケルスティーン5」は、黒人の少年少女計五名の頭部をチェーンソーで切断したのに「自衛の範囲内」として無罪に……という架空のフィンケルスティーン事件を発端とする物語。犠牲となった少年少女の名を叫びながら白人に制裁を加えていくくだりには、イシュメール・リードの七二年作『マンボ・ジャンボ』を連想もした(やはりアフリカ系の魔法的リアリズム)。だが著者のイマジネーションの在り方はやはり格段に新しく、いわばHBO/Netflix/Amazonプライム的だ。『ゲーム・オブ・スローンズ』のホワイトウォーカー&ワイトのような人語もおぼつかぬ肉塊と化しショッピングモールに押し寄せる群衆……を誘導しつつ売り上げを伸ばしていく店員の活躍を描く表題作は映像的にして間違いなく残酷、でも笑いを誘う。
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先に触れた「フィンケルスティーン5」は、黒人高校生を射殺したのに無罪となったジョージ・ジマーマンの実話をモデルにしている。もう一編、タイトルから同事件に直結するのが「ジマー・ランド」だ。舞台はドラマ『ウエストワールド』的なテーマパークだが設定が現代の街で、やられ役に“黒人ギャングスタ”や“中東系テロリスト”を配したもの。その悪役の一人を演じる黒人男性の心理を追った逸品である。
これが象徴するように、本短編集はアメリカの今を映したもの。白人至上主義団体が暴れて死傷者が出ても「喧嘩両成敗」と大統領がのたまう国に住むマイノリティたちの気持ちに思いを馳せるよすがとなろうか。映画『ゲット・アウト』や『アス』にも似て。
配慮、気配り、ポリティカル・コレクトネスが死滅した未来を描く「旧時代」を読んで、PCに到達すらしていない東アジアで嘆息しながら。
Nana Kwame Adjei-Brenyah/1991年、アメリカ生まれ。ガーナ移民2世。シラキュース大学大学院創作科で修士号。本作がデビュー作。2019年、本作でPEN / Jean Stein Book Awardを受賞。
まるやきゅうべえ/19××年、京都府生まれ。音楽評論を始め各種カルチャーに精通。訳書に『ゲットーに咲くバラ 2パック詩集』。
ナナ・クワメ・アジェイ=ブレニヤー ,押野 素子
『ゲド戦記』を初めとするファンタジーや、『闇の左手』などのSFの作家として知られるル=グウィンの最晩年のエッセイ集である。
驚いたことに、本書はすべて彼女のブログの記事だ。ずっと「ブログの双方向性」に嫌悪を持っていたそうだが、ある高齢者のブログの書籍化を読んで、では自分も、となった。それが何と八十一歳の時である。
しかし練達の言葉の使い手である彼女は、高齢者らしく身体の不調を訴える場合も、言葉遊びやユーモアを忘れない。飼い猫パードの奇妙な行動を観察するときも、思いきり好奇心のばねを利かせ、SFの中の動物を描写するかのようだ。日常の生活のひだをつづるなかで、自分自身を主人公として、三人称で、きっちりと定位し、見つめ直す姿勢が心地よい。
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これまで『夜の言葉』(一九七九)『ファンタジーと言葉』(二〇〇四)『いまファンタジーにできること』(〇九)などの評論集で、新しいジャンルであるファンタジーについて多くの辛口の提言をつむいできた彼女だ。『夜の言葉』では、ファンタジーと無意識、あるいは昔話の論理との関連性を指摘し、ファンタジーは、ドラゴンや魔法のような定番アイテムをちりばめただけの冒険小説であってはならない、と警鐘を鳴らした。ファンタジーは文体を含め、神話や叙事詩の深淵を宿すべきものであり、ユングのいう「元型」に触れていることが必要なのだと。
しかし、このジャンルが商業的に隆盛をきわめ、「元型」や「神話のパターン」自体を使い回す作品が多くなると、眉をひそめたル=グウィンは逆に、物語とは「現実」に根付くべきであり、昔話の類型的人物や願望充足に頼るべきではない、と言い始める。「身体的」に一体化できるような個人が必要なのだと。
フェミニズムやエコロジーへの関心も九〇年代以降彼女の作品を彩るものとなった。七〇年代初頭の『ゲド戦記』の三巻までの読者は、約二十年後に出版された四巻で、ゲドら男性の魔法の知的世界観が転覆させられ、女性の直感や連帯が称揚されたことに驚いたものだ。彼女にとってのファンタジーとは、何だったのか。
この最後のエッセイ集には、もはや声高な主張は見られないが、その代わりに、日常の中にある不可思議の領域つまりファンタジーへの通路が、さりげなく指さされている。
中でも印象深いのは「二階のお馬さんたち」だ。クリスマス前で一堂に会した親戚の中で、二歳の幼女は「(丘の)上の馬たち」という言葉を聞き、上とは「二階」のことだと考えた。ル=グウィンはここで、真の空想とは無知ではなく、現実を知っているうえでこそ活性化する「領域」だと再確認する。存在を信じていないサンタクロースを楽しめる場所。神話と事実の間にはどちらの支配も受けない「無人の地」がある、と。
Ursula K. Le Guin/1929年、アメリカ・カリフォルニア州生まれ。作家。代表作に〈ゲド戦記〉シリーズ、おもな長編に『所有せざる人々』、〈西のはての年代記〉シリーズなどがある。2018年没。
いつじあけみ/1955年、東京都生まれ。白百合女子大学人間総合学部児童文化学科教授。近著に『ファンタジーを読む』がある。
「駅の子」。
なんと惨い言葉だろう。一方で、彼らの状況をこれほど忠実に表す言葉はない。戦争により親を奪われ、住むところもなく、今日食べるものにも事欠いた戦争孤児たちにとっては上野、京都といった大都市の「駅」に住み着くことでしか生きていく道はなかったのだ。
本書は敗戦直後の日本において「駅の子」と呼ばれた戦争孤児たちを5年の月日をかけて取材したテレビドキュメンタリーを書籍化したものだ。復興から取り残され、やがて忘れられた「駅の子」の実態を80歳を超えた当事者たちが証言した内容は大きな反響を呼んだ。書籍版ではさらに番組では紹介しきれなかった内容も網羅し、戦後史の空白部分を埋める貴重な資料ともなっている。
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著者はNHKディレクター・中村光博。1984年生まれ、30代の放送人だ。戦後70年の番組企画中に、終戦直後の京都駅前広場で撮られた少年の1枚の写真を偶然目にしたことから、戦争孤児の存在を知り取材を開始する。
ただ「駅の子」の消息の特定は困難を極める。所在が判明しても「過去を知られたら差別される」「今さら話すことはない」と口を閉ざす当事者がほとんどだ。
「チャリンコ(スリ)」、「タカリ(恐喝)」、「掻払い」……生き抜くために子どもたちはなんでもやった。幼くして性病にかかった者もいる。
戦前こそ「国児」として保護されてきた戦争孤児たちだが、戦後の混乱の中で放置される。GHQからの指示に政府もようやく動き出すが、最も手厚い福祉を受けるべき「駅の子」「浮浪児」は逆に社会の厄介者と位置づけられ、「狩り込み」にあい少年院同様の檻に押し込まれる。人権なんてあったもんじゃない。こうした対応は現在評者が支援している無戸籍児たちへのそれと重なる。
役所に窮状を訴えても基本「たらい回し」。親の後ろ盾もなく、義務教育すら満足に受けていない子どもたちは自分が悪いわけではないのに「後ろめたさ」を抱くよう追い込まれていく。
そのうち中村のもとには「二度と戦争を起こしてほしくない」との思いから取材協力を申し出てくれる人が出てくる。彼らは口元を隠しながら、あるいは母の墓の前で嗚咽しながら体験した真実を語る。
当初「駅の子」を描くことで戦争の悲惨さを訴えることを目的としていた中村は、伝えるべきはそれだけではないと思うようになる。「駅の子」が共通して持つ絶望的な孤立感や大人への不信は、今、いじめや不登校、虐待、貧困等厳しい現実に晒されている子どもたちと共通する。現代の問題と地続きなのだ。
若きディレクターが戦後史の空白部分を埋め、現代に起こる子どもたちの問題との接点を見つけ出すプロセスを描いた点でも本書は優れたドキュメントである。
なかむらみつひろ/1984年、東京都生まれ。東大大学院修了後、NHKに入局。現在、社会番組部ディレクター。「NHKスペシャル」「クローズアップ現代+」などを制作。『“駅の子”の闘い~語り始めた戦争孤児~』でギャラクシー賞・選奨受賞。
いどまさえ/1965年生まれ。ジャーナリスト。東洋経済新報社を経てフリーに。議員活動も。著書に『無戸籍の日本人』など。
中村 光博
小説家には魔法を使うタイプの小説家と魔法を使わないタイプの小説家がおり、江國香織はまがうかたなき前者である。
さらに、使う魔法にもさまざまある。江國香織の魔法は文体憑依にある。ここでは文章を用いて読者の身体に憑依し、まるで書き手のように考えさせる、というようなことである。思考は言葉であり、また体験であるから、この種の小説家は読み手を読書中、また読後しばらくにおいて書き手そのものにする。読んだ文章を「まるで自分が書いたことみたいに」思考し、体験する。時間を置いて憑依状態から脱したとしても、そこには遠くへ旅して戻ってきたあとのような旅情が残る。
今作『去年の雪』でも遺憾なく発揮されたその魔術的な文体にくわえ、江國香織は登場人物がまるで読者のすぐ隣にいるかのようになまなましく描出する名人でもある。人物たちの気配はまるで「さっき道で会ったかもしれない人」といった、ささやかでありながら奇妙にちかしい印象となる。その射程の広さが十全に披露された今作では、見事な更級日記を訳した著者らしい平安の世から江戸、近現代をたやすく往来し、さらにはこの世ならざる世界、人外の隔て、生死の境などもやすやすと越えていく。そうした越境を実現させたのが文章だけの芸当であるということに、あらためて驚きを禁じえない。
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百人超をかぞえる登場人物たちの織り成す世界の全貌を捉えんとするのは、ともすると難渋かもしれない。人間関係を逐一メモしていった私でさえ、全体を把握したとはとても言えない。
それとはまた別の次元ではあるが、著者である江國香織でさえ自分がものした小説世界の全貌を把握できるとは限らない。ここまで広がっていった世界で、著者すら書いていない、意図していない登場人物たちの接触が起きていないとは考えられず、その奔放な「書いていないこと同士の交錯」こそが、江國文学の真骨頂ではないだろうか。明らかな越境が意図されている部分以外の、とくに警戒なく読んでいたシークエンスにも、過去未来の風景や声が多重に混ざり込んでいて、読者とともに著者もハッと息をのむ。「混ざり込んでいる」可能世界に思いが及ぶごとにスケールはいや増し、まるで源氏物語を思わせるような壮大があらわれる。
その驚きすらも著者の文体に収斂されてふくまれている。著者は自分の文章をすべてコントロールできるわけではない。むしろ江國の作品は自分の文章に抗わず、身体自体がその文章に支配されているかのようなままならなさをいつも感じる。そして文章によって憑依された読者という任意の存在が登場人物と同等に小説世界に混ざり込んでいき、それぞれに違う手触りで小説世界に参加することになる、そうして見える世界の新鮮さこそがまさに「読書」なのだと、確信させられる。
えくにかおり/1964年、東京都生まれ。2004年『号泣する準備はできていた』で直木賞、12年「犬とハモニカ」で川端康成文学賞、15年『ヤモリ、カエル、シジミチョウ』で谷崎潤一郎賞受賞。『冷静と情熱のあいだ Rosso』『彼女たちの場合は』など著書多数。
まちやりょうへい/1983年、東京都生まれ。作家。2019年『1R1分34秒』で芥川賞。近著に『坂下あたると、しじょうの宇宙』。
在宅医療をテーマにした本書執筆のきっかけは、著者の両親にあったという。
六十四歳で、最終的には頭が明晰なまま運動機能が失われていく難病を発症した母。胃に穴を開ける胃ろうをしてからは、三百六十五日二十四時間、これ以上ない心配りで寝たきりの妻を介護した父。結びつきの強い夫婦とはいえ、そこまでできるものなのか。他の家族はどんなふうに病人を看ているのだろう。そんな疑問を抱えて飛び込んだのが、京都の在宅終末医療に携わる診療所だった。
そこには「病院」という枠から抜け出した個性的な医師がいて、仕事を超えて患者に寄り添う看護師や介護スタッフたちの熱量が溢れていた。後に異なる形で再会する、訪問看護師の森山文則さん(以下敬称略)との出会いもあった。
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診療所は当時、患者の「最後の希望」を叶えるボランティアをしていた。例えば、三十七歳の食道がんの女性が、幼い娘との約束を果たすべく、命の危機に瀕する中で決行された潮干狩りへの同行エピソードが描かれる。
人件費など度外視した手厚いケアにまず驚かされる。そしてなにより、「患者」という立場に閉じ込められず、強い意志をもち自由に生き方を選ぶ人の姿に魅了される。半身麻痺の父を長年自宅で介護した母のしんどさを見てきた私でさえ、在宅の可能性に惹かれたほどだ。
しかし著者は手放しで在宅を賞賛することはできない。どうしても難しさが頭をよぎり、取材は宙ぶらりんになり、放っておかれた。
五年後のある日、四十八歳になった訪問看護師の森山が、もはや治療の難しいがんの診断を受けたという連絡が突然入る。その、いわば死にゆく看護師の姿を縦糸に、時を遡り、彼と共に追った患者たちの姿、そして両親の在宅介護の風景を横糸に紡がれたのが本書である。
二百名の患者の終末期を支えた、いわば看取りのエキスパートである森山が自らの死をどう受け入れ、命を閉じていくのか。語られる言葉を待ち、著者は終末期を彼と共に過ごす。
だが予想に反して森山は何も語らない。それどころか迫る死を受け入れることなく、治癒を信じて、スピリチュアルな世界へと傾倒していく。それは訪問看護師として見せてきた姿の対極にあるように感じられ、著者は困惑する。死を受け入れることは、いわば看取りのプロフェッショナルにも難しいのだろうか、と。
その疑問に、彼は自らの「命の閉じ方」をもって見事に答えてくれる。著者が受け取った、その自由で誠実な答えに私の心も激しく震えた。
七年という時間のなか、著者が丁寧に織り上げる無数の糸は、「死」ではなく、力強い「生」の旋律を奏でる。その調べは今も私のなかで、どこか清々しく響いている。
ささりょうこ/1968年、神奈川県生まれ。ノンフィクション作家。2012年『エンジェルフライト』で開高健ノンフィクション賞。著書に、3.11後の製紙工場を描いた『紙つなげ!』など。
あおやまゆみこ/1971年、兵庫県生まれ。フリーライター。著書に『ほんのちょっと当事者』『人生最後のご馳走』。
「おまえのおふくろは雷が光ったときクソの山と一緒におまえを産んだぞ!」。悪態一つとっても、その言語には豊かな表現を生み出す言葉があった。それが今や、〈虹〉という単語を思い出せる者は一人もいない。
世界に六千ほどある言語のうち、九〇%が百年以内に消滅するという。虹という言葉を失ってしまったタヤップ語もその一つだ。
言語人類学者である著者の調査が始まる。目指すはパプアニューギニアの奥地の村、ガプン。タヤップ語はそこだけで話されていた。
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著者の奮闘ぶりは凄まじい。椰子の収穫を手伝い、芋虫や昆虫の幼虫も、出されれば必ず食べる。命の危険を感じてもなお、三十年間で七回、のべ三年に渡りガプンに通い続ける。
異文化との邂逅を記す筆は滑らかだ。未知の人間と向き合うことの困難さ、多くの誤解、少しの滑稽さ、不意にやって来る危険から人間同士の尊い交流に至るまで、ドキドキものの体験談が続く。私もつい、半ナマの猿の腕を気合で食べた日々を思い出してしまった。
だが、調査に着手すると、著者は戸惑う。タヤップ語はなぜ消滅していくのか。その理由を知れば知るほど、〈文明〉側の影がちらつき「不快」となっていく。
タヤップ語は新しい言語に取って代わられようとしていた。英語を土台としたクレオール言語の一つで、植民地時代にプランテーションに駆り出された人々がナイフや工業製品とともに集落に持ち帰ったものだった。現代文明がもたらした、「便利で高級なもの」のひとつとして。
言葉が消えゆく中で、著者は覚悟を決める。〈なぜ〉消えるのかではなく、〈どのように〉失われていくのか。聞き回り、調べ上げていく。論評をするためでも、言語を消滅させてしまった犯人を探すためでもない。記録に徹するのだ。
その過程で著者は、自分が〈外側〉の人間であることをはっきりと自覚したのではないか。いくらモノを与えても、自分が味方であることを力説しても、彼らとの間に壁がなくなることはない。ジャーナリストであれ研究者であれ、私たちは所詮、外側の人間なのだ。
だが、本書の終盤でそのことが奇跡を生む。
著者は若者から手紙を託される。死んだ父親へ渡してほしいというのだ。村でたった一人の白人である著者は死者の世界から来た者、つまり、死んだ父親と同じ地平にいると思われていた。
手紙は五通あった。
読後、著者はたじろぐ。父親への愛に溢れる手紙だったからではない。悲しい言葉で埋め尽くされていたからでもない。
誰が何を奪ったのか。直接的には何ひとつ記されていないにも拘わらず、著者はそれを、“自分たち”に向けられた言葉だと思ったのだ。
外側にいることを自覚しない者にはけっして届かない、“喪わされる”側からの静かな叫び。
愕然とし、言葉を失った。
Don Kulick/1960年、アメリカ生まれ。スウェーデン・ウプサラ大学教授。ルンド大学で学び、ストックホルム大学で人類学博士号取得。著書に“Loneliness and its opposite”、“The language and sexuality reader”などがある。
こくぶんひろむ/1965年、宮城県生まれ。NHKディレクター。主な著書に『ヤノマミ』(大宅賞受賞)、『ノモレ』など。
「《人間》が怪獣をつくりだした」という最初の文からはまるで想像のつかない読後感が残った。本作がソ連SF中興期の一九六五年に発表されたことや、日本語訳は再刊であることなど、そうした情報は後回しにしてまず頁を開いていただきたい。今世紀の小説として読めるはずだ。
物語の舞台はヨーロッパのとある国。主人公の《人間》は四十歳の設計家で、怪獣をつくるのに二十年を捧げてきた。金属でできた怪獣は《人間》の操縦によって地下を潜行し、痛みを感じ、生肉を糧とし、言葉を話す(潜行試験中のトラブルで、《人間》は左腕を糧として怪獣に与えてもいる)。《人間》の目的は人類の可能性を広げることだが、怪獣の軍事転用の可能性に国の指導者が目をつける。市内ではストライキが鎮圧され独裁が始まる……。
ソ連で発表された際、本作はソ連SFの祖ベリャーエフ以来の伝統と接続されている。ベリャーエフの代表作であり映画化もされた『両棲人間』では水中で生活できる人間が登場していて、たしかに本作とは「人類の可能性の追求」という点で重なる。しかし、ジャンルにこだわらず、また資本主義社会への紋切り型の批判を横に置けば、真正面に現れてくるのは、知識人の矜持と責任、孤高という永遠のテーマである。これはむしろ、ソ連では長い間出版されなかったブルガーコフの『巨匠とマルガリータ』などを彷彿させる。クライマックスは国の指導者である総統を科学芸術アカデミーの新会員として選出する集会の場面だ。国を代表する学者や俳優、作家などが「長い物には巻かれろ」とばかりに「賛成」を順に唱えて茶番が進み、《人間》の番が迫ってくる。「だれかがやらねばならないはずだ」。数頁にわたる心理描写がじつに素晴らしい。仕掛けも周到で、《人間》の葛藤の強烈な印象を残すべく、作品内には二つのイメージが対置されている。一つは、総統が指でもてあそぶ黒い小さな像――「拷問にかけられてでもいるかのようにぎゅっと身を折りまげ、まるで痛みにちぢみあがっている」。もう一つはセルバンテス――票決の前に《作家》が《人間》のまっすぐな立ち姿をそう称するのだが、『ドン・キホーテ』の作者もまた左腕を失っていた。そして、《人間》は十三階にある研究室からときおり、傘をさして下を歩く群衆をながめている。彼らは「まるでおじぎをしているみたいに」背中を丸くかがめている。
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語り手自身が本作を「おとぎばなし」と呼ぶが、集会の後の展開は、どこまでをリアルなものとして信じていいのか分からない。《人間》に救いがあるのか、また彼にとって何が救いなのか、その判断は読者にゆだねられている。同時に読者は自らに問いかけざるを得なくなる――自分の背はまっすぐに伸びているだろうか、と。
Наталья Соколова/1916年、オデッサ生まれ。モスクワのゴーリキー文学大学を卒業後、文芸評論家として出発し、50年代末から小説の執筆を開始。本書は『旅に出る時ほほえみを』(78年、サンリオSF文庫)の再刊。
さかにわあつし/早稲田大学教授。露文学者。訳書に『雪が降るまえに』(タルコフスキー)、『大尉の娘』(プーシキン)など。
ナターリヤ・ソコローワ ,草鹿 外吉
白水社
2020年1月21日 発売
誰もが薄々感じつつ、しかし実際のところはどうなのか、訝ってきた疑問に本書はひとつの解答を示してくれる。直截に言えば、それはこんな疑問である。
この国は一応、三権分立の体裁をとっていて、行政府と立法府、そして司法府はそれぞれ独立し、相互にチェック機能を果たすべきはずなのに、司法権の砦である裁判所はいったいなぜ、行政府や立法府に追随することが多いのか。
たとえば、原発の再稼働をめぐる訴訟。時おり稼働差し止め判決が大きなニュースとなるが、大勢は裁判も稼働容認の方向に流れ、福島での大惨事を経験した教訓が顧みられることは少ない。本書はこう記す。
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「原発の安全性(略)などを厳しくチェックする裁判長は、地方裁判所などで各種各様の裁判をこなしてきた人が多いのに対し、最高裁事務総局に勤務経験のあるエリートと称される裁判官は(略)再稼働を容認する傾向にある」
ここに登場する最高裁事務総局こそ本書が「権力の中枢」と評する裁判所のエリート集団であり、全国の裁判官の人事を牛耳り、判決にも睨みを利かせる。原発の稼働差し止めだとか、再審開始の決定だとか、基地訴訟などで住民勝訴の判決を下した裁判官は出世の道を閉ざされ、地方を転々とする冷や飯を食わされることも珍しくない。
これが冤罪の温床にもなる。検察が起訴した際の有罪率が99%超という“無謬性”はよく知られるようになったが、無罪推定原則に基づいて無罪判決を言い渡す裁判官もまた、裁判所内の秩序では疎まれがちになる。ある現役裁判官は著者にこう打ち明ける。
「裁判官って、弱いんですよ。ひとり、ひとりは、ただのサラリーマンですから」「だから当局に睨まれることなく、賢くやっていきたいという自信のないヒラメ裁判官が増える」
そのうえで著者は「あとがき」でこう記している。
「裁判官もまた弱さを抱え持つひとりの人間であり、組織として見た裁判所は、思いのほか権威に弱い。そして、人事権と予算査定権を立法府と行政府に握られている最高裁は、モンテスキューが『法の精神』で示したほどに、三権分立の理念を実践できていない」
いまにはじまった話ではない。歴史を繙(ひもと)けば、冷戦体制の宿痾と歴代政権の圧力などを主たる要因とし、リベラルな裁判官を排斥した“ブルーパージ”の残滓も司法府に影を落としている。
そしていま、確かに本書のタイトルどおり「裁判官も人」であって、「良心と組織の狭間」で苦悩しているのだろう。ただ、憲法は裁判官の身分を厳重に保障し、すべての裁判官は「良心に従ひ独立してその職権を行ひ」と定める。その本来の「良心」と「独立」を取り戻すにはどうするか。内幕の一端を抉り出した本書に続き、大手メディアも司法府の赤裸々な内実に光を当てるべきだろう。
いわせたつや/1955年、和歌山県生まれ。ジャーナリスト。2004年、『年金大崩壊』『年金の悲劇』で講談社ノンフィクション賞。同年、「文藝春秋」掲載の「伏魔殿 社会保険庁を解体せよ」で文藝春秋読者賞を受賞。他『パナソニック人事抗争史』など。
あおきおさむ/1966年、長野県生まれ。ジャーナリスト。共同通信を経て、フリーに。著書に『日本会議の正体』『安倍三代』など。
本書の著者はNHKラジオ中国語講座やEテレ「テレビで中国語」の講師をつとめているので、ご存じの方も多いだろう。著者は、近代における日本語と中国語との語彙交流、現代中国語の語彙と文法の研究者としても知られている。つまり「中国語についてはなんでもござれ」だ。その著者の「漢語の謎」についての本がおもしろくないはずがない。明治維新によって、一八六八年を機に西洋文明が日本に流れ込んできた、というのが一般的な理解かもしれない。その時に、西洋のことばを漢語で翻訳した、うんうん知ってるよ。
いやいや、もう少し複雑で、その複雑さがたまらなくおもしろい、というのが本書だ。与えられている紙幅が限られているので、具体的なことがらについては、本書を読んでいただくしかないのだが、とにかく「そうだったんだ」の連発であることは疑いない。以下、どのような語が採りあげられているかを紹介しながら、本書の枠組みを少し示してみよう。
明治に先立ち江戸時代の蘭学者によって翻訳が行なわれていた。その翻訳は「逐語訳(calque)」によるものであった。本書では「半島」「回帰線」「健康」が例として採りあげられている。
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近代までは、基本的には中国語が日本語に入ってくるという「(1)中国→日本」ルートであった。明治維新後に日本でつくられた「文明」「文化」「義務」「調査」「化石」などは日清戦争後に、清国からの留学生や亡命知識人らによって中国語に入った。これは「(2)日本→中国」ルートということになる。このこと自体がおそらくあまり知られていないことであろう。
明末から清、中華民国の初期に中国で活動していた宣教師たちは、布教活動に加えて、当時ヨーロッパで出版されていた地理書、科学書などを中国語に翻訳した。そうした漢訳洋書は鎖国下、あるいは明治期になって日本にも伝わり、そこで使われている語が日本語として定着することもあった。そうした語が日清戦争後に中国語に入ると「(3)中国→日本→中国」というルートをたどった。本書では「熱帯」「電池」「貿易風」「銀行」などが例として採りあげられている。
第五章では、日中どちらでできたか現時点でははっきりしていない「空気」「医院」などの語が検証されている。これがまたおもしろい。日本語と中国語とで同じ語形を使っている「日中同形語」の話もいろいろと興味がつきない。
漢字についての本はこれまでもたくさん出版されているが、漢語について、わかりやすくかつ実証的、具体的に話題にした本は少ない。語の「ルート」は文化の「ルート」でもある。そういうことを実感できるところも本書の優れたところだ。本書を読んで、是非「漢語の謎」に浸ってほしいと思う。さて、みなさんは「文明養犬」の意味がわかりますか?
あらかわきよひで/1949年、兵庫県生まれ。愛知大学教授。専門は日中対照研究など。中国語教育学会会長。NHKラジオ、Eテレの中国語講座講師としても有名。著書は『近代日中学術用語の形成と伝播』『中国語を歩く』『体験的中国語の学び方』など多数。
こんのしんじ/1958年、神奈川県生まれ。清泉女子大学教授。専門は日本語学。『超明解! 国語辞典』『日日是日本語』など。
荒川 清秀
筑摩書房
マーティン・クーニーの職業は、興行師。ヨーロッパで有名な医師に師事したという触れ込みだったが定かではない。そのクーニーが活躍したのは、十九世紀末~二十世紀初頭の万国博覧会の会場だった。彼は、保育器に入った未熟児を出し物として展示した。名付けて「赤ちゃん孵化器」である。
見にくる人々は、赤ちゃんの可愛さ半分、怖いもの見たさ半分だったのだろう。ショーは、大成功だった。当時の万博には、見世物小屋的ショーもたくさんあり、クーニーの展示もそのひとつ。隣がストリップ劇場ということも珍しくなかったようだ。
ビジネス面での成功はともかく、メディア、医療界からの評判はもちろん最悪だった。そう、未熟児を見世物にすることは、どう考えても倫理的に問題だ。だが本当に悪いのはクーニーだったのか? 現代から遡ると別の視点が開けてくる。
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当時、未熟児を病院が生かすための設備は病院にほぼなかった。未熟児は、見殺しにされていたのだ。特に、双子、三つ子が未熟児として生まれるケースが多く、生存率は低かった。
未熟児を持った当時の親たちは、医者に見捨てられ子どもを救いたい一心でクーニーの展示場を訪れた。
当時、病院の医療体制が整っていなかったという見方は、正確ではない。なぜか。少なくともクーニーが展示していた保育器での生存率は、九割以上だったから。手段はあったのに、社会が未熟児を見殺しにしていた。欠けていたのは、設備ではなく、未熟児を生かすという考え方そのもの。
虚弱、奇形を生かすことは、悪い種を残すことという考え方も強く定着していた。未熟児も同じだった。当時のアメリカでは、優生思想が当たり前のものとして受け止められていたのだ。
歴史上の有名人の功績が、のちの世の視点で変更されることはある。
野口英世は、日本人の誰もが知る偉人だが、今はあまり評価されていない。その後の検証で研究の多くが間違いだったとされたから。
逆に田沼意次は一般的に悪人のイメージが強いが、不況時に大量の財政出動を行った彼の経済政策は評価されるようになっている。
一旦は、歴史の闇に消えた無名の興行師が新生児医療の最重要人物だった。歴史は更新された。
クーニーは、そもそも有名ではなかった。死後、五十年以上、ずっと無名だった人物を追いかける難しさは本書のあちこちから伝わる。
クーニーには、自伝も評伝もない。ほぼ資料もなかったはず。著者が当たっていくのは、数少ない類縁、かつて彼に興味を持った数少ない人たちが残したインタビューテープ群、そして未熟児として見世物になっていた人々(もうかなりの高齢)のみである。例えるなら、未熟児のような細くて危ういエビデンスを著者は大事に大事に一冊の本に育てあげたのだ。
Dawn Raffel/ジャーナリスト、伝記作家、短編作家。コロンビア大学のプログラムで創作の講師を務め、サンクトペテルブルク、モントリオール、リトアニア、ニューヨークなど世界の各地で文学に関するセミナーも開講。
はやみずけんろう/1973年、石川県生まれ。ライター、編集者。『ラーメンと愛国』『フード左翼とフード右翼』など著書多数。
ドーン・ラッフェル ,林 啓恵
原書房
2020年2月19日 発売
推理小説に登場する名探偵は、なぜあれほどまでにしょっちゅう殺人事件に遭遇するのか。お約束といえばそれまでだが、そんな設定をアイロニカルに利用した短篇が、藤野可織の「ピエタとトランジ」(講談社文庫『おはなしして子ちゃん』所収)だった。著者はその後も続篇を書き続け、このたび『ピエタとトランジ〈完全版〉』として、一冊の本にまとまった。最後にはボーナストラック的に、最初に書かれた短篇「ピエタとトランジ」も収録されている。これが怪作。
周囲で犯罪を引き起こしてしまう体質のトランジは、天才的な推理能力でそれらの事件を解決。彼女と高校時代に出会ったピエタは、その体質を面白がり、以来、彼女の助手を務めている。つまり二人はホームズとワトソンのようなバディ関係にあるのだが、本作は謎解きの要素は希薄だ。とにかくトランジの推理能力が圧倒的で、なんでも見抜いてしまうのだから。
事件が多発し生徒数が激減した高校をなんとか卒業、医大に進学して女子寮に入ったピエタ。だが、その寮でも凄惨な事件が発生。トランジに助けられ生き延びたのは、ピエタと寮生の森ちゃんだけ。その森ちゃんはトランジの体質を知って、その後なにかと二人を構ってくるようになる。また、死が多発する世界は、次第にディストピアの様相をおびてきて……。
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悪態をつきながらも協力しあい、互いを補完しあうピエタとトランジの関係が魅力的。痛快なのは、章を重ねるごとに彼女たちがちゃんと歳を取っていく点だ。五十代になっても七十代になっても、世界が破滅に向かいはじめても、二人は時にクールに、時にキュートに、冒険に繰り出す。男性に頼らず、家庭を築くことを放棄し、いつまでもパワフルに動き回る姿が新鮮。一方、二人につきまとう森ちゃんは対照的に、女性の出産を至上のものととらえている。つまりこれは、社会が女性に要請し続ける役割を拒絶し、自由に生きる女性像を描いた小説なのだ。
次々と人が殺されていく悲惨な世の中が描かれるが、登場人物が差別や偏見のまじった発言をすると必ずツッコミが入るなど、モラルとアンモラルのバランスが絶妙。そのため、不謹慎きわまりない設定なのに、どこか品の良さも感じられるから不思議だ。作中に二回出てくる、二人が交わす「死ねよ」「おまえが死ねよ」というやりとりも、その乱暴な言葉の裏に絶対的な友情と信頼が感じられ、読者をも幸せな気持ちにさせてくれる。
ところで。著者に話を聞く機会があったのだが、やはり執筆にあたってはシャーロック・ホームズのシリーズが念頭にあったという。森ちゃんはホームズの敵であるモリアーティ、トランジの姉の舞はホームズの兄のマイクロフトからつけた名前だとか。……みなさん、気づきました?
ふじのかおり/1980年、京都府生まれ。2006年、「いやしい鳥」で文學界新人賞受賞。13年「爪と目」で芥川賞受賞。『パトロネ』『おはなしして子ちゃん』『ファイナルガール』など著書多数。
たきいあさよ/1970年、東京都生まれ。ライター。著書に『偏愛読書トライアングル』『あの人とあの本の話』などがある。
藤野 可織 ,松本 次郎
講談社
2020年3月12日 発売
両親が出あわなければ自分はいまこの世にいなかったという事実は、喩えようもなく愉快な気持ちに、あるいは不安にさせる。なんらかの偶然や予想外の巡り合わせが「今」を形作っているのだとしたら、もしあのとき別の選択肢をとれば、別の人生があったのかもと、人は夢想しがちだ。現代アメリカ文学の重要作家のひとり、ポール・オースターは、いつもこの「運命」をテーマにしてきた。
『サンセット・パーク』では、16歳のある日、些細な口論の最中に義理の兄が死んでしまったマイルズの、その後を描く。兄の死に対する自責の念にかられて心を閉ざし、通っていた名門大学も辞め、ひっそりと出奔。親との連絡を絶ったまま7年が経過した。現在28歳。不動産屋から派遣される残存物撤去(トラッシュ・アウト)の仕事をこなすも、野心はナシ。しかし、年若い恋人と出あったことで、彼の運命はまた動き出すのだった。
古巣ブルックリンに戻ったのは、玉突き事故みたいに小さな判断ミスから生じた結果なのだが、ようは恋人が成人を迎えるまでの潜伏だ。実家は避け、幼馴染のバンドマンであるビングの誘いに乗ってルームシェア。それも廃屋の不法住居者の一員になる。同居人は他にアーティストの卵で自己肯定感の低いエレンと、悩める大学院生のアリス。折しも不況下で、彼らも事情を抱えている。
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〈人間はみなそれぞれ違ってる。ひどいことが起きたときに、それぞれ自分のやり方で反応するんだよ〉
小説は、マイルズだけでなく他の人物たちの視点で描かれる章も連なり、一種の群像劇として読める。エレンは活力みなぎる同居人に気圧されてイジイジと卑屈さを抱え込むし、マイルズの父モリスは、息子との関係の再構築を心から望みつつ、直近ではささやかな浮気の代償に苦しむ。女優である実母は息子を捨てた罪悪感にいまだ囚われている。登場人物たちの(オースター作品はどれもそうだが)身体と感情と過去を持ち、俗っぽい見栄や直情的な思い込みで行動しては痛い目にあったりもする、圧倒的にリアルな人間像は、私たちを魅了する。マイルズだけでなく親目線で読めるのも本作の魅力なのだ。
さて、われらがマイルズだが、彼は恵まれた子供時代を過ごした。容姿もよく、豊かな文化資本を享受し、離婚したとはいえ両親の愛情も十分だ。ひとつの事故で崖下に突き落とされたが、そこからどう這いあがるか、運命を転換させられるかは自分にかかっている。同居人たちとの友情や、恋人といる時の怖くなるほどの幸福感も糧に、いまが心の殻を破るときなのだ。
大人になることの意味を問うこの小説。オースターらしい浪花節が全開で、泣きたくなるような読後感がしみじみと残る。コロナ禍でこもりがちな昨今、人とのつながりを再認識できるあたたかな小説を読むのも悪くない。
Paul Auster/1947年、ニュージャージー州ニューアーク生まれ。コロンビア大学で英文学と比較文学を専攻、大学院中退後フランスに渡る。主な著書に『ガラスの街』『幽霊たち』『鍵のかかった部屋』『ムーン・パレス』など。
えなみあみこ/1975年大阪府生まれ。書評家。京都芸術大学講師。著書に『世界の8大文学賞』(共著)など。
Paul Auster ,ポール オースター 柴田元幸