MBAより価値ある「会員制」 松岡正剛が私塾で若手リーダーに教えていること (セオリー) | 現代ビジネス | 講談社(1/4)

 
ビジネスパーソンをターゲットに、連日のように勉強会やセミナーが開催されている。そんな中で異彩を放つのは、カリスマ的人物が少人数を対象に、非公開で行う「私塾」の存在だ。限られたメンバーだけに許された、特別授業の中身とは?
「これまでいろんな場所で多くのことを学んできたつもりでしたが、自分のものの見方の偏りや無知を、圧倒的に思い知らされる場でした。でも、それを改めて認識できただけでも、大きな収穫だったと、心から感謝しています」
こう語るのは、三菱商事からハーバードビジネススクールでMBAを取得後、マッキンゼーなどでキャリアを積んだヘッドハンター、プロノバ代表の岡島悦子氏。松岡正剛氏が主宰する「ハイパーコーポレートユニバーシティ」の参加者の一人だ。
1970年代に伝説的雑誌『遊』を発刊、情報を独自のアプローチで"編集"する新しい知を提唱してきた松岡正剛氏。
'09年10月からはJR東京駅前の丸善丸の内本店内に独自編集の本棚「松丸本舗」を開設、界隈のビジネスパーソンから高い支持を得ている。インターネット上の書評「千夜千冊」は20万ページビュー、300万アクセスに達し、文化・芸術分野のみならず、政財界にも心酔者が多い。
そんな彼が、少数の経営幹部に向けて非公開の"私塾"を開いているらしい、という噂は数年前から聞こえていた。それが、今年第5期目を迎えた「ハイパーコーポレートユニバーシティ」だ。
もともとは、三菱商事とリクルート、2社の経営幹部による、「次代の経営を担う若手に、ビジネスの現場では学べない教養を身につけさせたい。そのために、既存の幹部育成プログラムにはないものを作りたい」という思いから始まった。塾長を務める松岡氏はいう。
「両社は本当に熱心でした。僕に何を聞くべきか、1年もかけて、いろんな組み立てを進めてくれました」
1944年、京都生まれ。
編集工学研究所所長、イシス編集学校校長。
著書は『知の編集工学』『世界と日本のまちがい』『日本という方法』『山水思想』『日本力』ほか多数。ウェブ上でブックナビゲーション「千夜千冊」を連載中。
〔PHOTO〕中村將一
ハイパーコーポレートユニバーシティ「AIDA」
セオリー
両社から選抜された40代を中心とするメンバーが運営委員会を作り、松岡氏のアドバイスの下、プログラムの骨子を作り上げていった。日本を代表する大企業と戦後ベンチャーの雄という組み合わせも異色だが、講義の形も極めてユニークなものだ。
半年で全6講。月1回、土曜の午後に行われる講義は夜の懇親会を含め10時間近くに及ぶ。初回と最終回は松岡氏のソロ講義で、残り4回は各界からゲストスピーカーを迎える。
ゲスト陣の豪華さは、松岡氏の幅広い人脈ゆえ。うち一回は泊まりがけの合宿研修も行う。講義を受けるメンバーは各社の幹部候補者、計25人。参加企業は現在、みずほコーポレート銀行、三井不動産、オリエンタルランド、NECなど7社に拡大。さらに、前職などの人脈を通じ、個人での参加申し込みも増えている。
通しテーマは「AIDA(間)」。世界と日本、神と仏、心と体、仕事と遊びなど、毎回設定されるテーマの内容に沿って、開催場所も変わっていくという。

日本舞踊を稽古し、世界的建築家に学び、高野山で勤行も

2期目から参加しているリクルートコンピタンスマネジメント支援室の木村秀之氏はいう。
「初めて参加したときの会場が、根岸の西蔵院でした。いきなりお寺で、いったい何をするのだろうかと驚きました。講義では密教や奈良時代の人物など、知っていたつもりでも初めて聞く話ばかり。以後、会場もゲストも毎回、予想をし得ないものでした」
あるときは、全員和装での集合が指示された。小石川後楽園で儒教の講義を受けた後、下町の旅館に移動すると、日本近世文化研究家の田中優子氏がゲスト。その後、日本舞踊家の花柳千寿文氏に全員が稽古をつけてもらった。また、あるときは「家の写真を撮ってこい」と課題が出た。持って行くとゲストは建築家の隈研吾氏。
「みんな同じような写真で面白くない」と叱られることに。高野山で行われた合宿では、25人のために高野山真言宗管長から講話があり、作曲家で尺八演奏家の中村明一氏が目の前で演奏。翌日は朝5時起きで勤行も経験した。また、「川柳を作ってくる」「わびとさびを感じるものを撮影してくる」といった課題が出されたことも。木村氏は続ける。
「一見ビジネスとはまったく関係がないように思えるんですが、そうではない。答えがはっきりと明示されるわけではありません。でも、それは確かに何かを暗示している。だから体験していない人に、ここで学ぶことの凄さ、深さを伝えるのは難しいんですが」

グローバリズムの中で自らを語る言葉を失った日本のリーダーたち

「今は、『間』がわからなくなっている時代なんです」と松岡氏はいう。
「例えば、グローバルとローカルの間。世界と日本の間。その間をどのように結ぶべきなのか、わからなくなってしまった。これが日本を混乱させているのです」
松岡氏は、この20年間、日本の企業社会は最悪の状態にあった、と見る。
ハイパーコーポレートユニバーシティ「AIDA」
セオリー
「かつてジャパン・アズ・ナンバーワンと褒められた日本的経営のキーワードは、実はアメリカによるものでした。カイゼンしかり、終身雇用しかり。しかしそれは、日本企業の本質的な力とはズレたものだった。本当の日本の価値は、別のところにこそあったんです」
しかもその後、アメリカが日本に押しつけてきたのは、グローバルルールに基づく日本異端論だった。
「日本は自分たちの言葉で日本を語ることができないまま、グローバリズムの荒波にもまれてしまった。政治も経済も同じです。だから日本は今、ひどく自信を失っている。日本的なものは効率化の名のもとに排除され、リーダーたちにも伝えられてこなかった」
松岡氏が「間」をテーマにするのは、そこにこそ日本が持っていた、本質的な力があるからだという。
「日本は、間を極めてうまく使ってきた民族でした。社会や人との間をうまくコントロールする技術や習慣、文化がたくさんあった。日本は間の本質がわかっていたんです。だからこそ、世界でも稀な国が作れた。
例えば、昔の家にはなぜ軒や庇や縁側があったのか。軒や庇や縁側は、必要な間だった。その意味をしっかり理解した上で、今の日本企業は、会社の内と外の間に軒や庇や縁側をどう作りますか、というのが僕の問いかけなんです」
伝統に潜む力は、文化芸術にとどまらない。実はそれは、ビジネスにも密接に関わっていると気づくことが必要だ。
「イタリアの優れた靴職人は、みなダンテを読んでいます。ダンテのどの章が好きかということと、靴を作ることは密接に関係している。でも、日本人は、源氏物語や徒然草のここが好きだ、という思いと、日常生活やビジネスとは関係がない社会を作ってしまった」

ものを見るための「鍵と鍵穴」を、埋め込んでいく

しかし日本的なるものの中には、世界に通用する普遍性を十分に持ちうる方法が、まだまだたくさん潜んでいる、と松岡氏はいう。だからこそ私塾のプログラムには、伝統文化など、日本的なものが極めてふんだんに盛り込まれているのだ。
さらにそこには、松岡氏独自の「教える技術」も加えられる。例えば、その日のゲストが誰なのかは、実は当日まで明かされない。
「何を伏せ、何を空けるか。物事を学ぶときには、そういうことが大事なんです。例えば、テーブルに置かれた茶碗をただ見ていても、どんな模様だったか覚えられない。しかし、一度さっと下に隠した上で、どんな模様でしたか、と聞かれたら、どうでしょうか。伏せて空いた部分を作っておくことで、そこに意識が向かう。
ぐっと理解力は高まるんです。また、自分の身体で体感することも大切。実際に見聞きしたり、身体を動かして初めて気づくことが多いからです」
この講義から何を学ぶかは、参加者個人の問題だ、と松岡氏はいう。
「ただ、いつ役に立つかわかりませんが、その人の中に鍵と鍵穴を埋め込んでいくことが大きな意味を持ってくる。彼らは5年後、10年後に、何か重要な決断を迫られることがあるでしょう。そういうときには、人間性や世界観の厚みが問われる。そのために、ものの見方の訓練を積み重ねる必要があるんです」
松岡氏は、21世紀は日本的な力が大きな意味を持ってくると見ている。
「曖昧さや矛盾をたくさん内包しているのが、日本なんです。日本語にしても、"けっこう"、という言葉にはgoodとnoの両方の意味があるでしょう。"かげん"という言葉も、文脈次第でポジティブ、ネガティブ両方に使われる。文脈を失うと単語として成立しない言葉があるなんて、言語としては矛盾している。
でも、だからこそ日本は複雑なコミュニケーションを実現させてきた。21世紀の社会哲学は、コンフリクトや矛盾が重要なテーマになります。日本的なるものには、大きなチャンスがあると思っています」
知の巨人・松岡氏ならではの、ものの見方、考え方に間近で触れ、説明を超えた何かを学び取ること。それこそが、限られたメンバーだから可能な、「私塾」の価値といえるだろう。
[取材・文:上阪 徹 編集:見田 葉子]