無名のベンチャーなのに東大・京大生が続々入社した「あの会社」の作戦 (2ページ目):日経ビジネス電子版

 

採用もビジネスも、勝利の方程式は同じ

続いて、企業規模、業界、職種、地域、人気、資本力、こうしたことで諦めている企業の人たちに書いておきたいことがあります。周りを見渡してください。確かに同じように嘆いている企業が多数ですが、時折、ありませんか?同業・同地域・同規模なのに採用がうまくできている企業が!
全企業が採れないわけではありません。同じ条件なのに採れている企業は採れているのです。なぜだか分かりますか?
そうした企業は、採用活動にもビジネスの鉄則を貫いているからです。そう、「他社と同じことをしていては勝てない」「顧客の喜ぶことをしなければ勝てない」、このたった2つの普遍的なビジネス則を徹底しているだけのことです。
また、卑近な例としてリクルート社の話を書かせていただきます。
リクルートは1980年代に大きく業績を伸ばし、80年代中盤には従業員数1000人を超える大手企業となっておりました(直後に政界を揺るがす大事件を起こし、経営危機に陥っています)。ただ、70年代には創業十数年の中小企業でしかなく、それも、新聞広告を集めたような雑誌を作るだけの、得体の知れない事業を営んでいました。さらに言えば、当時はベンチャーなどという企業分類がないために、「ポッと出の危ない企業」という程度の認知が関の山、いや、圧倒的多数はリクルートという名前さえ知らない状況だったのです。
当時は、重厚長大がもてはやされ、日本型経営が鉄板であり、多くの人は安定を望むという古き良き時代。ところが、ベンチャーで得体の知れないリクルートの採用は今以上に大成功していたのです。
この頃のリクルートには東大、京大などから高学歴な「異能者」が次々と新卒入社してきました。例えば、民間初の小学校校長となり、その後は公立高校の校長にも就任。著作やマスコミ出演、政府の委員などでも有名な藤原和博さんは、1978年東大卒でリクルート新卒入社です。
1年後輩の横山清和さんも東大卒で、転職情報誌「B-ing」や、現在のリクルートマネジメントソリューションズの前身となるワークデザイン研究室などを立ち上げ、人と組織のつながりについて様々な理論を生み出した組織活性化の巨匠です。小笹芳央さん率いるリンクアンドモチベーションは、この研究所からスピンアウトしました。
彼ら2人はほんの一例。なんと、当時、東大・京大卒を二桁採用していたのです。まだまだお高く近づき難かった東大・京大生をですよ!

多数のニッチというパラドックス

さて、ではリクルートはどんな採用をしていたのでしょうか?
少し時を下って80年代前半になると、私もリアルタイムで同社が学生へどのようにアプローチをしていたか、分かります。大学3年くらいになると、ある程度の上位ランク大学に在籍している学生のもとへ、リクルートから「アルバイト勧誘」のはがきが届くのです。同社は学生向けに新卒採用情報誌「リクルートブック」を配布していた(これが事件につながった!)ので、送付先の学生住所を押さえていたのでしょう。バイト時給は市価よりも相当高額でした。ファーストフードの時給が600円程度の時代に、同社のバイト時給は1000円を楽に超えていたのです。
仕事自体は、応募はがきの整理やデータ入力、アンケート回収などと至って簡単なものです。そうした仕事をしていると、手際の良さや、周囲との関係性などから、一部学生が「さらに良い条件のバイト」を持ちかけられるのです。次のバイトは、営業同行やオフィスでのお手伝い。そこで、若くして出世しているキラキラしたエリートの「大学OB」のアシスタントなどを任され、同行して薫陶を受ける……。このように他社のやらない手法を編み出し、しかもそれは学生にとって「高額時給で儲かる」「営業同行で会社が分かる」という、願ったりかなったりのものだったので、有名大学から多数採用ができたわけです。
そしてもう1つ、この採用にはポイントがあります。それは「ニッチ狙い」なんですね。80年代と言えば日本型経営の絶頂期であり、年功序列・終身雇用が標準で、安定を標榜する社会でした。とりわけ、東大・京大などのエスタブリッシュ層では、「現状維持」が一番利得を大きくするから、安定志向が強かったはずです。こんな時代に、脱年功序列・実力主義を体現するような職場を見せられ、得体の知れない中堅企業に勧誘されたら……。多くの東大生、京大生は見向きもしないでしょう。
ところが、どんな時代にも大勢に従わないニッチ層が数%はいます。学年3000人の東大生の中にもそんなあまのじゃくが100人はいたでしょう。彼らは行き場がなくて困っている……。そう、分母が大きければたった数%でも母集団は相当大きくなる。97%を捨てたとしても、3%にアプローチすれば、ブルーオーシャンで採用し放題なのです。
にもかかわらず、多くの企業は、見た目の大きい97%が集まる池の方に糸を垂らす。いくら大きな池でも、釣り人が多ければ、釣果は上がらぬレッド・オーシャンとなってしまいます。この「ニッチだけど多数」という戦略を多くの企業は採れません。この話は少し先の回で詳しく書くことにしましょう。

事件+買収+借金苦でも東大・京大生を獲れたリクルート

その後、リクルート事件を起こし、以降、学生の住所情報などは容易に使えなくなり、また高額なバイト代で釣る形のアプローチもはばかられるようになりました。何より、事件の向かい風とバブル崩壊でリクルートの業績が悪化し、採用自体を一時、クローズします。
そして、10年近く時を経た90年代後半にまた、積極採用を始めました。まだ事件の余韻冷めやらぬ時期であり、有利子負債が2兆円に迫るまさに堕天使状態です。さらに、ダイエーへの株式譲渡も加わり、世間的なイメージは最悪。
それでも、採用は絶好調でした。
現在リクルート代表取締役社長を務める北村吉弘氏は、1997年に京大からリクルートに入社。ツートップとなるリクルートホールディングス代表取締役社長兼COOの出木場久征氏は99年に早稲田からリクルートに入社。その他にも例えば評論家として有名な常見陽平君(一橋大学卒)もこの時期の入社組です。まだ数を絞った厳選採用だっただけに、入社者は「石を投げれば東・京・一・工(東大・京大・一橋・東工大)」といわれたほどです。なぜ、そんな芸当を成し得たのか?それは、この時期の採用手法にも何らぶれがなかったからでしょう。
当時は、リクルートの管理職が全員駆り出されて、就活学生に対して「模擬面談サービス」を行いました。各大学の就職課に「〇月×日、リクルートが模擬面談を行います!」と触れ込む。当然、大学側は「あの、採用事情をよく知っているリクルートの管理職が、学生を鍛えてくれるのか」と受け止め、学生に参加をプッシュします。そうして模擬面接サービスを提供し、めぼしい学生には、「いつでも相談にのるよ」とメアドを渡す……。
どうですか?いずれのケースも、採用の基本はビジネスの鉄則と同じでしょう。即ち、「他人と同じことをやっていては採れない。お客様(応募者)が喜ぶことをしなければ、人は集まらない」。それだけのこと。
好感度や知名度など関係なく、頭の使い方次第で、人は採れる。リクルートがそれを証明しています。
[Human Capital Online 2021年11月18日掲載]情報は掲載時点のものです。
本連載が書籍『人事の企み~したたかに経営を動かすための作戦集~』(日経BP)になりました。
「経営環境篇」「社風と人材篇」「採用篇」「組織設計と育成篇」の4つのパートで会社を変えるための実践的な作戦を展開します。ぜひご一読ください。
人事リーダーのための専門メディア「Human Capital Online」
Human Capital Onlineは「人的資本」の価値向上を目指し、人材戦略と組織開発に取り組む人事リーダーのためのメディアです。先進企業の戦略が分かるCHRO(最高人事責任者)インタビュー、HRテクノロジーや雇用のファクトを解説する連載、DX人材育成など、日本企業人事変革の最前線をお伝えします。
登録会員記事(月150本程度)が閲覧できるほか、
会員限定の機能・サービスを利用できます。
こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。