食卓を分かち合って、孤独を癒す 「小さな食堂」 - THINK ABOUT - 知見にふれる、未来がひらく

料理人なし、定価格なし。フランス第二の都市であり、美食の町として知られるリヨンで生まれた型破りな食堂がいま国内の他都市にも広がっている。この食堂が満たすのは「空腹」と「孤独」。人にとって重要なふたつの原始的な欠乏を見据えて始まった、新しいかたちの外食産業だ。
 
日本では「子ども食堂」の輪が広がっているが、孤食は子どもだけの問題ではない。高齢者、独身者、未亡人、家族と同居していても関係のこじれた人々など、食事のたびに孤独感を深める境遇の人は、核家族化の進んだ現代都市で共通の社会問題になっている。
 
小さな食堂憲章
1.最も大切な決まりは、ここはみんなが幸せであるための場所であるということ。それがシェアされるなら、なおよい。
2.ここに“お客”はおらず、“参加者”だけがいる。皆が皆を受け入れること。
3.「小さな食堂」はおばあちゃんの家と同じ。ご飯の前には必ず手を洗うこと!
4.友達同士のパーティーは楽しいけれど、「小さな食堂」は初対面の人と知り合う場所と心得て。
5.参加費はひとり9ユーロ+笑顔がぎりぎりのバランス。もし、もう少し出してもらえれば、より多くの人が参加できます。
6.参加型調理では、積極的に洗い物をすると効果抜群! みんなに好かれます。
7.レシピに迷ったら、塩を加える前に店主に尋ねること。
8. 参加者のひとりにイラついたら、心を落ち着けて非暴力コミュニケーションを心がけて。参加者みんなにイラついたら、無言で洗い物に没頭して。
9. ドリンクはおまけ。アルコールは2杯まで。
10. 禁煙。タバコを吸いたい参加者は外で吸い、戻って来たら手を洗うこと。
11. メニューは人生と同じ。時には思い通りにいかないこともある。
12. 店主は最後まで“主”。最終決断をするのは常に店主である。
 
 
そんな現象に一石を投じるソーシャル・アクションがいまフランスで話題を呼んでいる。舞台は美食の国でもひときわ食文化が栄え、食いしん坊の都として知られるフランス中部の街リヨン。4年前ここで生まれた「レ・プティット・カンティーヌ(小さな食堂)」は、集合住宅の1階やホテルの朝食室を活用しながら、エコ&ヘルシーな温かい食事を近隣の人々に提供する非営利団体だ。
名前は慎ましやかだが、この食堂の取り組みはとても大胆でエキサイティング。まず食事には規定の料金がなく、各人が払えるだけ・払いたいだけの金額を支払う“自由価格制”を採用している。加えてここには固定の調理人やサービスマンがおらず、食後の掃除まですべて日替わりのボランティアが行う。それでしっかりと採算をとりながら、現在フランス全土に5軒を展開しているのだ。
固定観念を打ち破る食堂は、どのようにして機能しているのだろう? ある秋の日、リヨン市内の「小さな食堂」の1軒を訪れた。
「小さな食堂 リヨン・ぺラッシュ」の外観。メニューは日替わりなので、調理中に常勤スタッフが手書きする。
「小さな食堂 リヨン・ぺラッシュ」の外観。メニューは日替わりなので、調理中に常勤スタッフが手書きする。
 

始まりのコーヒータイムが、いちばん大切

この食堂の1日は、朝9時半のコーヒータイムから始まる。事前に申し込みをした調理ボランティアがコーヒーを片手に談笑し、その日の“チーム”を結成する。店主のアナベルさんは、これを「1日でいちばん大切な時間だ」と言う。
大窓から朝日が気持ちよく差し込む食堂は、ターミナル駅そばの2ツ星ホテルの朝食ルーム。朝食サービス以外はデッドスペースになっているため、「小さな食堂」の意義に賛同したオーナーが9時半から21時半までの12時間、無料貸与を申し出た。テーブル上のクロワッサンもホテルの朝食の残り物だ。それを“お礼”として振る舞われるボランティアスタッフが、12時までの2時間半で約20人分の昼食をつくる。
事前に電話予約をすれば基本的に誰でも参加できるが、場合によっては人数制限もある。今日のメンバーは女性4名、男性5名の9名。うち、ひとりが非営利団体の正社員である店主、ふたりは国の社会福祉系雇用補助制度で採用された有期雇用研修生だそうだ。ボランティアたちには常連や顔見知りもおり、近況報告に話の花が咲いている。20代から60代まで幅広い年齢層だ。全員がテーブルにつくと、自己紹介が始まった。
朝のコーヒータイム。間借りしているホテルの朝食で残ったクロワッサンとコーヒーが、調理ボランティアへの“お礼”として提供される
朝のコーヒータイム。間借りしているホテルの朝食で残ったクロワッサンとコーヒーが、調理ボランティアへの“お礼”として提供される
 
「じゃあ、名前と自分の長所・短所をひとつずつ言ってね」
店主がまず、口火を切る。「長所は善意で行動するところ。短所は注意力が散漫になり、いろんなことを一度にやろうとするところ」。コンパクトにまとめると、発言ターンを隣の人へ回した。店主の話し方を例に、職業や年齢、家族構成などには誰も触れない。「料理と食事をともにするには必要ではない情報だし、その話をしたくない人もいるから」と店主。自己紹介のお題は「誰が来てもいい」という、この食堂の理念を理解させるツールでもあるという。
目論見どおり、全員が話し終わるころには場はすっかり打ち解けている。誰からともなくカップを片付け、厨房に入る様子には、早々とチームのような親密感が生まれていた。

メニューは「おばあちゃんちと同じ」

調理前には、重要な確認事項がふたつ。まずは衛生面の注意、そして献立である。
献立の土台は、その日の朝に店主が考える。近隣の契約農家から届くオーガニック野菜に冷蔵庫の在庫を組み合わせて、ポリシーは“ヘルシーに、エコに、動物性食品は最小限に”。日によっては提携のオーガニック食材店から廃棄前商品を提供されることもあり、献立づくりはパズルのようだ。そのパズルを、ここでは調理スタッフ全員で解いていく。
取材当日のメニューで使用する野菜を、店主が冷蔵庫からピックアップ。無駄も不足も出さず材料・提供量ともに適量を測ることは、店主の重要な職能だ
「ほうれん草がたっぷりあるんだけど、ピュレにしようか?」と店主が言うと、ボランティアから声が上がる。「卵とミルクもあったから、ケーク・サレにしようよ」。「あ、そのほうがボリュームが出るね。レシピあったかな?」。「前につくったブロッコリーのものをアレンジできると思う」。「じゃあ、決まり! ケーク・サレで行こう」。
最終メニューは、その日の調理ボランティアの同意で決める。「そのほうが楽しく、美味しくできる」からだ。この方針を表すのに、予約を受け付ける公式サイトのメニュー紹介ページには「おばあちゃんちと同じ」と書かれている。「何が出るかは分からないけど、美味しいものが食べられる!」という意味を込めて。
<取材日のメニュー>
カリフラワーのクリームスープ
いろいろ野菜の組み合わせサラダ
ほうれん草のケーク・サレ
皮付きポテト
プルーンとりんごのクランブル
 

できることを、できる人がやる

いざ調理が始まると、厨房の空気は和気藹々そのもの。店主が各料理にざっくりとメイン担当を決め、それ以外のボランティアは手が空いた人が、その場で必要な作業をする。料理好きの男子は自宅から自慢の包丁セット(日本製!)を取り出し、常連のムッシューは「わたしはデザート担当だから」と洗い物に張り付く。手持ち無沙汰にしている人はひとりもいない。店主が細やかに目を光らせて、作業を割り振るためだ。
調理は野菜の下ごしらえから始める。「最近どうしてる?」「この野菜は〇〇にして食べるのもいいんだよね」と、縦横無尽に会話が広がる。
調理は野菜の下ごしらえから始める。「最近どうしてる?」「この野菜は〇〇にして食べるのもいいんだよね」と、縦横無尽に会話が広がる。
 
生ゴミは徒歩5分のリヨン駅屋上公園にあるコンポスト置き場に置きに行く。
生ゴミは徒歩5分のリヨン駅屋上公園にあるコンポスト置き場に置きに行く。
 
ケーク・サレの生地に下茹でしたほうれん草を投入するところ。このあと4つの型に入れ、オーブンで焼き上げる。
ケーク・サレの生地に下茹でしたほうれん草を投入するところ。このあと4つの型に入れ、オーブンで焼き上げる。
 
「ズルしてサボろうとする人はいないんですか?」。念のため尋ねてみると、店主から不思議そうな顔で見られた。「そういう人は最初から来ないです。ここは誰にも強制されず、やりたい人だけが集まる場所だから」。「そうそう!」と言い添えるのは、ほぼ毎日、調理スタッフとして参加しているマダムだ。「わたしは労災で仕事を辞めざるを得なかったのだけど、ここがあるおかげで毎日がとても楽しいの。得意の料理で役に立てるし、ワイワイやっているうちに、あっという間に時間が経っちゃう。サボったり退屈する暇なんてないのよ!」。
ね、とマダムが同意を求めると、店主は満足そうに頷き、果物を切る手を動かしたまま答えた。「毎日来る常連には、『人生には小さな食堂が必要だ』と言う人もいます。どうしてこれまでなかったんだって。本物のソーシャル・アクションって、たいていそんなものですよね。いままでなかったことが不思議なくらい、ない社会が想像できなくなるんです」。
一皿目の「カリフラワーのクリームスープ」をサービスするのは店主のアナベル。
一皿目の「カリフラワーのクリームスープ」をサービスするのは店主のアナベル。
 
12時ぴったりに、そのときに揃った人だけで食事が始まる。遅れて来た人にはテーブルと椅子を追加し、調理スタッフが料理を取り分ける。12時半を回るころには、食卓を埋める人々は23人になっていた。到着者はまず店主が必ず迎え、予約の有無を確認する。飛び込みの場合は趣旨を説明し、食堂のルールと1年間の会員登録(登録料も自由価格)に賛同してもらったうえ、料理に余裕があれば受け入れる。そのコントロールもまた、店主の腕の見せどころだ。
「前々からずっと気になっていたのだけど、今日は仕事が休みだったからやっと来れたの。美味しいし、楽しい!」
12時半ごろ、少し遅れて到着した食事のみの参加者を受け入れる店主。あとから来た人も雰囲気に溶け込めるよう、まず店主が挨拶と簡単な会話をしてから、テーブル席に案内し、同席者に紹介する。
12時半ごろ、少し遅れて到着した食事のみの参加者を受け入れる店主。あとから来た人も雰囲気に溶け込めるよう、まず店主が挨拶と簡単な会話をしてから、テーブル席に案内し、同席者に紹介する。
 
卵をふんだんに使って食べ応えを出した、ほうれん草のケーク・サレ。
卵をふんだんに使って食べ応えを出した、ほうれん草のケーク・サレ。
 
カリフラワーのクリームスープは、小房に分けたカリフラワーをバターでじっくり炒めてミキサーにかけ、牛乳と生クリームで伸ばしたもの。素朴でやさしい、なめらかな食べ心地。
カリフラワーのクリームスープは、小房に分けたカリフラワーをバターでじっくり炒めてミキサーにかけ、牛乳と生クリームで伸ばしたもの。素朴でやさしい、なめらかな食べ心地。
 
中途半端な量の野菜類は細かく切ってサラダにあしらう。フェタチーズとアボカドで味わいを強め、これだけでも十分な前菜だ。
中途半端な量の野菜類は細かく切ってサラダにあしらう。フェタチーズとアボカドで味わいを強め、これだけでも十分な前菜だ。
 
メガネの男性・ロランさんはカリフラワーのクリームスープを担当。自慢のレシピが皆に喜ばれ、自然と頰がほころんでいる。
メガネの男性・ロランさんはカリフラワーのクリームスープを担当。自慢のレシピが皆に喜ばれ、自然と頰がほころんでいる。
 
そう話すのは、飛び込みでやって来たチュニジア出身のムスリム女性。「小さな食堂」が動物性食品を極力使わないのは、肉の献立は宗教によって食べられない人もいるから、との理由もある。彼女の隣に座るのは国内からの旅行客で、リヨン市の観光局の勧めでやって来たのだそうだ。
「ブルターニュに住んでいて、今日の夕方、帰ります。ひとり静かにレストランで食事するよりずっといいですね。わたしの街にもぜひほしいくらい!」
 

経済がソーシャル・アクションを地域に浸透させる

「気分がよくなったでしょう?」
昼食後にインタビューに訪れた、「小さな食堂」創業者のディアンヌ・デュプレ・ラトゥールさんの第一声だ。「小さな食堂」は人間にとって最も重要なふたつの欲求を、いっぺんに癒してくれる。そのふたつの欲求とは、“お腹を満たすこと”、そして“ひとりではないと感じること”だ。
起業のきっかけになった出来事は、家族を事故で亡くしたこと。これ以上ない悲しみの時期を、近隣の知人や見知らぬ人々に支えられて乗り切った。
創業者のディアンヌ・デュプレ・ラトゥールさん。パリ出身。ソルボンヌ大学で文学修士号取得後、経済ジャーナリストとして活動する。2015年に「小さな食堂(Les Petites Cantines)」をエティエンヌ・トゥヴノさんと共同起業。リヨン・ヴェーズ地区の食堂立ち上げを成功させた後、中央運営に入り支店開店をサポートしている。
創業者のディアンヌ・デュプレ・ラトゥールさん。パリ出身。ソルボンヌ大学で文学修士号取得後、経済ジャーナリストとして活動する。2015年に「小さな食堂(Les Petites Cantines)」をエティエンヌ・トゥヴノさんと共同起業。リヨン・ヴェーズ地区の食堂立ち上げを成功させた後、中央運営に入り支店開店をサポートしている。
 
「ご近所さんが一緒に食卓を囲み、空腹と孤独を同時に癒せる場所をつくりたいと思ったんです。わたしがそうして回復し、人生を豊かにしてもらったように」
2016年の1号店オープン直後から好評を博し、8カ月で会員は3,000人、調理ボランティアは500人を超えた。その後、口コミやSNS、メディアで認知が広がり、3年間で同市内に支部を3カ所増設。リヨン以外の都市でもいくつもの新規オープン計画がある。
ディアンヌさんいわく、成功の秘訣はふたつある。まずは全店に共通する、「店主」の存在、そして彼らを軸とした12のルール「小さな食堂憲章」だ。ボランティアだからこそ参加者の善意が空回りしたり、声の大きい人が場を私有化しないよう、明確なルールとそれを監督する人が必要なのだ、と。
「小さな食堂・ぺラッシュ」の店主アナベルさん。もう一人の店主マリーさんと交代で週8回の食事(昼食5回、夕食3回)のサービスを監督する。25歳と若年ながら、ダイナミックで冷静に場を司るリーダーだ。
「小さな食堂・ぺラッシュ」の店主アナベルさん。もう一人の店主マリーさんと交代で週8回の食事(昼食5回、夕食3回)のサービスを監督する。25歳と若年ながら、ダイナミックで冷静に場を司るリーダーだ。
 
「もうひとつは、“ブランドシェア”の考え方です。わたしたち中央運営は経営モデルとツールをつくり、新規オープンをサポートしていますが、ノウハウを売るフランチャイズではありません。伝えたいのは“自由価格”“ボランティア運営”“ヘルシー&エコ”という、新しい食堂のあり方です。このあり方は絶対に社会に必要だ、広く伝えるべきものだと最初から信じていたので、どうすればそれが手ごろに実現できるかを考えました。その答えが、丁寧に分かりやすく理念を伝え、ノウハウの確立は現場に任せるやり方。中央運営はあくまでとりまとめとサポート役に徹します。すると各店で常に新しいソリューションが生み出され、『小さな食堂』のブランド価値を、それぞれのスタイルで向上してくれるのです」
自分の街にも「小さな食堂」をつくりたい、と願う人向けに、中央運営では定期的に10名限定・2日間の研修会を開いている。フランスでは常設外食営業には営業許可と保健衛生の講習受講・取得が必要で、そうした行政手続きの案内も行っている。研修料は100ユーロが目安だが、これも自由価格制で、参加者が決める原則だ。
「自由価格のアクションが経済的に成立するということを、わたしたちはいちばん大切にしています。ただ人と人をつなぐだけではない、そこで金銭が適切に巡って初めて、ソーシャル・アクションは地域に浸透できるんです」
だから「小さな食堂」の運営でも、参加者の自由価格の支払いのみで賄える仕組みづくりを最重視した。1食の目安は約9ユーロだが、3ユーロしか支払えない人もいれば、15ユーロ払う人もいるという。その3分の1を食材費、3分の1を人件費、3分の1を光熱費などの固定費として使う。現在5軒ある「小さな食堂」は皆、この経営モデルで問題なく回転しているそうだ。
そしてそれが可能なのは、非営利団体としての活動だからだ、と断言する。
「自分が得るためではなく、他者に与えるために、お金を動かす。非営利団体だけがもつこの可能性を、今後も証明していきたいと考えています」
フランスでは非営利団体の歴史が長く、1901年に「アソシアシオン(アソシエーション)」の名称で法制化されている。有益性の高い社会変革アクションの多くはアソシアシオンから始まり、賛同者・支援者を得て成長した後、国が承認して公的サービスとなる、という流れがある。例えば現在、各公立幼稚園・小学校に併設されている公営学童保育も、民間アソシアシオンの活動が公的サービスになった例のひとつだ。
アソシアシオンが自然発生的なボランティアやサークル活動と異なるのは、明確な事業プランがあることと、主催者が団体主旨に即して事業をコントロールし運営する点にある。この「小さな食堂」も、明確なプランとコントロールにより潤滑な運営が行われているアソシアシオンの好例だ。
非営利団体だからこそメリットを最大限生かし、その可能性に賭ける「小さな食堂」。彼らのチャレンジは財界からも注目を浴び、2017年には大手日刊紙「ルモンド」主催の「相互扶助ファイナンス大賞」を受賞している。
黒板にメニューを記す研修スタッフ。調理が進み、メニューに変更がないことが確実になってから書く。
黒板にメニューを記す研修スタッフ。調理が進み、メニューに変更がないことが確実になってから書く。