【ありえる楽考週報 vol.75】

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ありえる楽考の目的は、ありえないがありえるになる体験によりたまかつを生きる人生の主人公である感覚を蘇らせること。
そのための価値共創コミュニティのエコシステムづくりです。
今年は、縄文がキーワードになりそうな予感です。右脳優位で、周囲の人と助けわかちあいながら生きてゆくことの共通言語として実践して理解を深めてゆきます。
 
今週の週報は、
 

ありえる楽考のプロセスとCSF(Critical Success Factor)

6月3日(月)にKPI勉強会を開催します。
KPIを考える際に、なかなかイメージがあわない(つまり、スキーマがない、もしくは違っている)ように見えるのがCSFです。最重要課題というと大事なところをイメージしてしまいがちです。大事に違いないですが、大事というのがプロセスのうち最も弱いところ、そこに力を集める場所だということです。
大事だというとうちは大事じゃないのかと怒る人がいる一方、弱いと言われると手を挙げるのをためらうのではないでしょうか?TTPSゲームでも、もっとも弱いところをみんなで助けることがテーマですが、助けてくださいとなかなか言えません。でも、そこをなんとかしなければ、部分最適に陥ってしまい全体が失敗に終わってしまいます。
ありえる楽考が目指しているのは、「価値共創コミュニティのエコシステム」です。エコシステムになるためには、その構成要素である価値共創コミュニティがエコシステムをつくれるほど数がある必要があります。大きな話をするとGAFAMの価値は、プラットフォームを提供して、プラットフォームに参加している企業の数が源泉になっています。魅力の源泉はやはり数です。イメージが湧くためには数が必要ですが、数がいればいいのかというとそうではありません。
このイメージが湧くのは、オーナーになって、自分がつくった商品サービスが世の中をより良く変えられるんじゃないか?そのためには、じぶん一人では到底できない。多くの人に使ってもらいたいという必要性を感じた時ではないかと思います。でも、いきなりそこには到達しません。
このプロセスでもっとも弱いところはどこか?今のところは参加者からファシリになる率ではないかと感じています。
 

MIROを復活させて、PREZIを手放す

5月31日(金)に中尾塾の企画として、MIROを使った営業や研修についての勉強会に参加しました。田原さんがMIRO革命を出版されるということで、ありえる楽考でも有料契約してクラス替えなどにMIROを使っていました。しかし、その時には、あまり、効果的な使い方のイメージが湧かず、PREZIを使っているしなということで、使うのをやめていました。ところが、呉縞さんの参加型の使い方を体験して、これは使わない手はないなと思い直しました。
月曜のKPI勉強会で使いますので、皆さんにもその片鱗を感じてみていただければと思います。
 
カーン・アカデミーのTEDのプレゼンにPREZIが使われていて、この部分と全体を行き来できるのに魅了されていました。でも、MIROは参加型のツールとして使いやすいツールとして進化していて、いつの間にか、PREZIは完全にMIROに抜かれて抜き去られていました
ありえる楽考では、営業も研修もしないことを標榜していました。たまたま、御縁ができた人が見学に来られて、ぴんときた人に参加してもらっています。でも、ありえる楽考の評価は結局のところ、どれだけたまかつを生きている人を輩出できたかどうかです。そのためには、参加型の場を運営する経験を圧倒的な量か質が必要になります。その可能性をMIROというか呉縞さんの使い方に感じました。
私のMIROに対するスキーマが書き換えされる体験をしました。これくらいのインパクトが必要です。
 

スキーマとは何か?

今週はスキーマについて繰り返し話した。辞書的な説明でいうと情報の整理・構造化のための内部的な枠組みということだが、ものごとについて大雑把に「こんな感じ?」と理解するために誰もがやっていることだ。
別にスキーマということば使わなくてもいいのだけれど、ありえる楽考として共通言語にしたいということなのだ。
そもそもなぜスキーマを使っているのかというと情報処理を簡略化するためなのです。言語になる前のうまく言葉で表現できないけれどモヤモヤと立ち現れているイメージです。
子どもの頃はうまく言語にできないので、絵を描いています。絵を描くには時間がかかりますが、文字だと短くてすみます。文字とは、頭の中にある絵(イメージ)を相手と共有するための符号・サインなのです。子どもにかたつけなさい!何度言ったらわかるの!と叱った際に立ち止まって考えたいのです。
「かたつける」ということばは、子どもに何を想起(イメージ)させているかです。想起させているものがスキーマです。
お母さんには散らかっているように見えているのですが、子どもにはどう見えているのでしょうか?子どもは今の状態がよいと思っているのでしょうか?それともなんとかしたいと思っているのに、どうしていいのかわからなくて困っているのでしょうか?
「かたつけろ」と言うだけで、お母さんがイメージしているかたついている状態になるということを期待することは果たして現実的なのでしょうか?
 
お母さん自身も「かたつけたい」と思いながら、家事に追われて思い通りにはなっていないかもしれません。
この話が木村さんにはどう伝わったのか↓

5/28 テキストミーティング「スキーマとは何か?」(木村徹さん)

5月からありえる楽考に入れていただき、初めての課外授業に出た。「スキーマ」について理解を深める機会であるという。「スキーマ」の第一印象は間違いなくIT用語だった。スキーマをググれば「データベースにデータをどのような構造で格納するかの定義」とヒットする。
その一方で、ありえるさんが話題にする「スキーマ」の定義は「心理学や認知科学の分野でよく使われる用語で、情報の整理・構造化のための内部的な枠組み」とのこと。構造や枠組みといった共通概念がIT的にも認知科学的にもあるようで、それによると、どうやら人は知らないうちに自身の枠組みや構造化されたスキーマというものを持っていて、そのスキーマを通して言語理解や状況理解を進めるようだ。そのために、自身のスキーマと構造化の観点や整理が異なったものは理解ができない、ということが起こるようだ。
本勉強会に対する期待は2点あった。「スキーマ」なるものが一体どう言ったもの・コトなのかということが、基礎知識のないかみさんに伝わる程度には理解が進むこと。     また、人によりスキーマの違いがあることを理解することは、ビジネスパーソンとして生きていく上で利点につながるかを解き明かすこと であった。 果たして結果は、というと、前者はまあなんとかクリアしつつあるが、後者については、「スキーマを理解したが、で?」というのが正直な感想である。 事前学習で、何回か前のスキーマ学習のビデオを観た。何度観ても頭に入ってこない。当時のメモを見ると以下のようなことが書かれていた(下線部はビデオ視聴時のメモ)。
  1. 人は、自分自身のスキーマを構築している。
  1. スキーマとは物事を理解するための因子であり、うまくいったりいかなかったりするのは、自分の中にあるスキーマのネットワークが機能しているか否かによる。       ネットワークが機能しているか否かによる・・・このあたりから理解が怪しくなる。
  1. 各人が、一番意図的に力を入れて、体系化してきたものが一番精緻なスキーマ体系でありシステムである。その自信の持つスキーマがいろいろ組み合わさって、ネットワークになって、システムを作り、それを駆使して物事を理解し判断をしている。        ここに至っては、ありえるさんが宇宙人に見えてきた。「スキーマがネットワークを作ってそれがシステムとなって物事を理解判断している・・・?」さっぱりわからない。
  1. うまくいかなかったときは、そのスキーマがうまくいかなかったと考えスキーマを修正するという考え方。
  1. 人は、自分の中にスキーマを作りながら物事を理解しようとしている。自分の中にある、スキーマと矛盾する話については「何を言っているかわからない」→「普通、こうじゃないか」と言う常識もスキーマのことである。
つまり、私のスキーマとありえるさんのスキーマが異なるから理解が及ばない。自身のスキーマを修正することになる。でも、どこをどのように? 疑問は次々と湧く。 このような状態でスキーマ勉強会に出たものだから、ありえるさんは質問攻めであった。
なんとなく理解したものは次のような事例。
社長がいくら「危機感を持て!」といっても社員になかなか伝わらない。
それは、社員の持っているスキーマが必ずしも社長とは一致していない、との解釈。視座のレベル感によって見えているものが異なることと同様では?と考えた。つまり、「危機感を持て!」と言われても、事業部長の立場からすると自身の事業は好調だし、全社に対する責任を持つわけではないから、社長の言う危機感は伝わらない・・・と思っても無理もない。すると社長は「ありえる君は事業部長どまりね」となるとのこと。もう少し言うと、危機感が伝わらないと感じた時は、危機感の見せ方をもう少し具体的に示してみる。「この状況を見て、やばいと思わないとしたらそれは問題である」と解釈できる。
「・・・はて・・・?」 その見せ方も、自身のスキーマの範囲内で見せていたら相手に伝わらないのではないか?と思ってしまう。如何にして自身が見えているものを変え(スキーマを変える)、相手のスキーマに合わせて言葉、表現、接し方を変えることが伝わるということである、と理解した。
そうすると「ことば、身体、学び」読書会で学んだ「接地する」とどう違うのかを知りたくなった。「自分言語を作り、人の言葉を自身の言葉に置き換えて理解することで自分言語に「接地する」ことができるようになる」という説明だったように記憶している。その読書会の感想に「本気で伝えることは、相手の苦しみにたどり着くまでのチューニング作業を行うこと」と書かれていたことと、自身のスキーマを相手のスキーマに合わせて作り替える作業がうまく噛み合わない。「相手の苦しみにたどりつくまでのチューニング作業」の方がはるかに心に響き、わかりやすいと思った。
つらつらと感想を書いたが、「スキーマ」はわかりづらい・・・見えないし、感じないから始末に追えない。ましてや、そのことを知ることで人としてどう言う時にどんな利点があるのかまでは理解が辿り着けていない。理解するまで時間がかかりそうだ。
 

学びとは何か

6月16日(日)20時半〜『学びとは何か』の読書会します。
MIRO革命の著者の田原さんも参加されます。
【keyword】
スキーマ、象徴、探求エピステモロジー、心的表象(Mental Representation)
 
 

【運営メンバーよりお知らせ】

KPIマネジメントの勉強会します

第1回KPI勉強会・・・6月3日(月)20~21時
 
中尾さんがご提唱している「KPI(Key Performance Indicatior)」をより理解して、
普段の仕事やプライベートなどがうまくいくようになるための勉強会をやります!
下記の~直近のイベント案内~にご説明があります。
Facebookイベントページにて参加希望をお知らせ下さい。お待ちしております! https://www.facebook.com/share/GWgek16o4we6FMqi/?mibextid=9l3rBW
 

6月お誕生&新楽友歓迎会

6月3日(月) 21時からお誕生&新楽友歓迎会を開催します。 対象の方はもちろん、楽友のみなさまならどなたも大歓迎です!
【6月お誕生日のみなさま おめでとうございます!】
6/1 神山渉さん 6/11 水沼早希さん 6/17 清水喜子さん 6/22 井出真菜さん 6/25 江川 和弥 さん、古田 朋美 さん
【新歓のみなさま ようこそいらっしゃいました!】 風間 美里 さん 大西昌則 さん                                             木村徹さん
 
 
 

お薦めの書籍

降伏論

以前も紹介しましたが、土八で紹介したので、こちらでも再掲します。
話したのは、未完了をなくすということです。
12原則では、10番の「一つずつ終わらせる」にあたります。
私たちは、やらなければいけないことがあるとそこに認知のリソースを奪われて集中できなくなってしまいます。KPIでやることを1つに絞るのも同じことです。
1つ終わったら、次のことをやるのです。終わるまでは別のことを考えないということです。
コンセプト、概念化、抽象化が大事なのは、1つと括れる範囲を大きくできるからです。
熟達するということは、無意識で、つまり、認知のリソースを使うことなくできるようになることで注意を向ける対象を1つだけに絞ることができるということです。それによって集中することができます。
 
 

MIRO革命

6月16日(日)20時半〜『学びとは何か』の読書会します。
MIRO革命の著者の田原さんも参加されますので、MIROを使おうと考えています。
この機会にMIRO革命も読んでみていただければと思います。
 
 
 

~~直近のイベント案内~~

6月は5日から冨田先生のワークショップに参加するために、山形県鶴岡市にある慶応の鶴岡サイエンスパークに行きます。月末は四国中央市に行く途中に岡山理科大に行きます。モリゾーさんから高梁市のぶどう農園で摘花の手伝いが欲しいという話があり、この間の期間に高梁市に行こうかと考えています。
4〜5月にベトナムに行くことで、ベトナム・カンボジアの仲間が増えました。これまで、高梁市には三度訪問しています。一瞬、近藤市長や市役所の人が参加しかかったのですが、継続には至りませんでした。今度は2〜3週間滞在することで結果に繋がれば、今後も北海道や九州、四国など参加者が少ない地域でも滞在することで仲間づくりになるという実績になるかもしれません。
 

週報バックナンバー

 
今週の週報は以上です!